その町には八百八と言われるほど多くの橋がある。その川には14の橋がかかっていた。
女が橋の上から川面を眺めている。
橋の上を中年の男が走っている。中年のダイエットが盛んだ。
彼らには健康もアルコールも同じ中毒なのだ。男は必ずその橋をわたる。
最初は川面を眺める女が気になっていた。
毎日その前を通り過ぎるだけなのが気になって、男はホームレスからビッグイシューを買った。
やがてその女もいなくなった。結局、女の顔は思い出せない。
男はビッグイシューを丸めた。このバトンを誰に渡そう。
もう走ることが当たり前になってしまった。誰かのために走ることにしよう。
それが「流行り」だ。
― 林慎一郎インタビュー ―
今回のチラシを見ていただくとわかると思うのですが、大阪の地図で、かつてながれていた川と今も流れている川が描かれています。極東退屈道場では、都市とそこで暮らす人間の関係を一貫して描いてきました。
今までは、都市にある地下鉄であったり、コインパーキングであったりとかを扱ってきたのですが、今回は拠点にしている「大阪」から作品を作ってみようと思いました。
大阪には八百八橋と言われるくらいたくさん橋があります。
安治川とか南港の方の建築物として有名な橋や、中之島あたりのいわゆる「水の都」としてクローズアップされている橋など、場所によって特徴があるんですが、今回は、東横堀川とそこにかかる橋が気になり扱ってみることにしました。
元々、大阪城のお堀だった川です。それが運河として使われるようになり、やがては上を高速道路が走るようになりました。そのため今は少しうっそうとした感じがしています。
埋め立てられた川もたくさんあるのに、ここは埋め立てられず残っています。
大阪の古い地図は、こういう風に、東が上に、なっているんですよね。理由は、上に大阪城がくる。下に海がある。つまり海から城へ向かう、町の軸が東西にあったということです。なのでこのほうが見やすかったのでしょうね。古くから大阪に住む人は、東を上にして地図を書くそうです。
それを眺めながら、この東横堀川が、大阪にとっては重要な境界線になっていたということがわかりました。でも、今はそれを気にして歩いているひとは誰もいない。
そこにこだわって、ここを舞台にした作品を創ろうと思いました。
劇場を出た後に、町にある知らず知らずにまたいでる境界線について意識するようなことが起これば面白いですね。
やっぱり、線をまたぐっていうことは、そこで、人生が変わるとか運命が変わるとかを連想します。
1回境界を越えてしまったら、もう元には戻れないのかもしれないって考えてみるとか。そういうことをふと考えて、自分が一歩踏み出すというか、1歩歩くとか2歩歩くとか歩行するということとか、ちょっと自覚的になって、劇場を後にしてもらえればなと思います。ランニングというのもそういう行為なんじゃないかなあと思ったりするんです。
物語としては循環する構造になっているので、そこを楽しんでいただければと。
誰かが使ったものが、誰かのものになったり、誰かが痩せることで誰かが太ったり、
エネルギー保存の法則のように3つの話がからみ合っています。
■大阪を取り上げてよかった点は?
よかった点は、物語がより具体的になったところですね。漠然と都市のエネルギーや運動をとらえて作品にするのではなくて、具体的なエリアからイメージを膨らませる。
地下鉄をテーマにしたときは、地下鉄に乗って、取材したり歩き回ったりしたんですけど、それを都市に共通する概念として普遍的に広げる作業をしなければいけなかったんですが、今回、舞台を限定したので、実際に何回も歩いて、そこで生まれる架空の物語を想像すればよいというのがありました。見ているお客さんも大阪に住んでいるひとがあそこかとイメージしやすいところが多いかなと。
ただ、東横堀川は大阪市民でも、少し忘れられているようなゾーンではあるので、住んでいても、どこのことっていう人もいるかもしれない。具体的な地名はでてくるのですが。
舞台美術にも地図を描いて、観劇の助けになるようにはしていますが。
■大阪という都市を意識して上演するのは初めてですか?
1回だけあります。それは、舞洲を取り上げました。舞洲のごみ処理場と下水処理場を取り上げました。奇抜なデザインの。4年前くらいですね。
あの場所がオリンピック誘致の場所であって、北京オリンピックに負けて。おそらく、あの建物自体がオリンピックパークの入り口にあたるところなので、あの建物をデザインしたってところに、調べていたら辿りついたので、残された遺物みたいなところだなと。
そのとき、ちょうど大阪マラソンが始まったぐらいだったので、あれも埋め立て地の島を目指しますし、それをドキュメンタリー的に、市長の言葉や実際にランニングしている人たちのインタビューだったりとかを構成して取り上げたことがあります。
■どんな取材方法ですか?
何回も行きます。最初は、漠然と自分の印象を見ながら試して、東から眺めてみようかとか、西から眺めてみようとか、橋の由来もわかってくるので、その橋からスタートしてみようかとか考えながら歩いてみたりします。
■大阪の良さを一言で言うと?
取材していて、おもしろいところが見つけやすいところですかね。この辺の川とかを歩いていても、良くも悪くもですが、あんまり取りすましてないというか、ここ変なところだなあとか、面白いなあとか、色んなところが開放的で、ネタになりやすい街という感じがします。船で回ったとき思ったのですが、エリアがわかりやすいですね。海のほうと埋めたて地とか工業地帯とか、商人の街だったり、エリアごとの雰囲気がわかりやすいです。